【小説の感想】『共喰い』は気持ち悪いけど面白かった
田中慎也の『共食い』を読んだ。
芥川賞を受賞した作品だ。
読む前から暴力的な性描写のある作品だとは知っていたけど、その点はあまり気持ち悪いとは思わなかった。
けど……
・他人を容易に軽んじる気持ちの悪さ
・自分のことしか考えない気持ちの悪さ
・息子が母親の生理について言及する気持ちの悪さ
そんな気持ちの悪さがあった。
全体的に後ろ向きで、爽快感なんてものはまったくなかったけど、面白かった。
今日は、タイトルである『共喰い』の意味について、感想を書く。
父と息子の共喰い関係
まず、「共喰い」の意味について。
共食い(ともぐい)は、動物においてある個体が同種の他個体を食べることである。この現象になぞらえて、同業者同士で利益を得ようとして共倒れすることも共食いと呼ばれる。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
この作品における「共喰い」は、同種の他個体、つまり主人公である遠馬と、遠馬の父、血のつながりのある2人がお互いに食い合って、自分たちをつぶしあう関係を指していると思う。
遠馬の父は、セックスのときに暴力をふるう。
遠馬は、そんな父のようにはなりたくないと思いつつ、いつか自分も暴力をふるうようになるんじゃないかと悩んでしまう。
本来、父が暴力をふるうことと、息子が暴力をふるうこと、その間に因果関係はまったくない。
けれど、遠馬は父と自分が、血のつながりゆえに似るんじゃないかと思い、父と自分を混同してしまう。
この混同が、一種の共食い関係である(食べるってことは、相手の一部を吸収するってことでもあるしね。)。
遠馬は、父の暴力の対象ではなかった。
また、周囲の女性も遠馬の悪癖に対して否定的ではあったが、完全な「悪」とはみなしていなかった。
これが大きな問題で、悪癖としてなぜか周囲に受け入れられている遠馬の父を、遠馬は完全には否定できない(自分と父を混同している遠馬が、父を完全に否定することは、自分を完全に否定することでもあり、それはできない。)。
結局、遠馬もセックスのときに暴力をふるってしまう。
それを知った父は、喜ぶ。
父は、自分の悪癖が息子に受け入れられたと感じたからだ。
結果として、父の悪癖は増長し、より暴力的になっていく。
その暴力の増長が、さらに遠馬を傷つける(どうしてさらに遠馬が傷ついてくのかはネタバレになるから書かないけど。)。
これが遠馬と父の悪循環の関係。
共食い関係。
それはそうと、自分の快感のためだけに暴力をふるうって、気持ち悪い思考だよね。
相手も少なからずたのしんでるとか、征服欲が満たされるとかじゃなくて、純粋に暴力そのものに快感を感じて、しかも罪悪感もなく実行できるなんて、遠馬の父のクズさが際だってる。
父と母の共喰い関係
もう一つの共食い関係は、遠馬の父と母の関係だ。
遠馬の母は、遠馬の父の暴力に耐えかね、遠馬を生んですぐに、遠馬を残して別居することになる。
しかし、同じ町内の別のところで生活するだけで、遠くに逃げていったわけではない。(母は父を完全に否定したわけじゃない。)
父と母はその後、直接的な関係は切れることになるが、遠馬は父のところで生活しつつ、母のところにも気軽に遊びにくるという日々が続く。
けれど、遠馬が父の血を受け継いでるという理由から、母は遠馬を不完全にしか愛せない。
こうして、遠馬の父と母の、不思議な距離感のある関係に落ち着く。
そして最後、悪癖の増長した遠馬の父に対して、遠馬の母は暴力をふるう。
この場合の暴力は、セックスではなく、純粋な暴力だ。
しかも、その暴力に対して、達成感など(それと性的快感もあったように思うが、これは記述からは明確に読み取れないから自信がない。)、少なからずの好意的な感情を抱いてしまう。
ここで、遠馬の母は、性的快感のために暴力をふるっていた遠馬の父と、暴力を介して混同が起きる(2つ目の共食い関係)。
そして、遠馬の父と母は、互いに傷つけ合う結末を迎える(ここもネタバレになるから、ぼやかして書く。)。
会話がうまい
この作品では、複雑な関係をイメージさせる会話がうまいなと思った。
冒頭では、魚屋の女主人として働く遠馬の母と、遠馬の会話があるのだが……
「いま帰りかね。」
「うん。」
「誕生日じゃね」
「うん。」
「コーラ飲んでくかね。」
「いいや。」
「ほんならまたおいで。」
『共喰い』から引用
2人が普通の親子関係にないとは明かされていない段階での会話だ。
でも、この会話だけで、2人の距離感が普通の親子とは異なることが伝わってくる。
この部分から一気に作品に興味をもっていかれて、一気に読んでしまった。
小説家ってすごい。
まとめ
登場人物がみんな自分のことしか考えてなくて、びっくりする。
こんな風にしか自分は生きられない、という諦めと割り切り、みたいな後ろ向きなものを感じた。
そういう泥の中を進むような、息苦しさを感じる作品だ。
面白かったけど、ラストの一文の気持ち悪さと、後味の悪さがすごくて、印象的な作品になった。